2017/06/10

本人を貸していた友人から、本を返却したいので会おうと連絡が入った。私は頭が悪いので、試し読みをしたいと言っているだけの友人に持っている美輪明宏の著書を全て貸し出したのだった。友人は人がいいので、全て真面目に読み進め、ようやく読みきったようだった。すまないことをした。

私は頭が悪い。いや、ものを考えるのは細胞の仕事なので細胞が悪い。細胞から非難の声があがった。髪から、腹から、つま先から。全ての細胞が私の発言に納得いかないという顔をしている。あ、細胞がおしゃべりを始めた。やめろ、遠くの細胞に声をかけるんじゃない。叫ぶな!叫ぶなと言っている!脳髄がパンクしたら、私は機能を停止してしまう。

午前で友人とのおしゃべりを切り上げ、ファミリーレストランを出た。お互い別の用事があったからだ。私は図書館に行かなければならなかった。本を借りていたから。画集と手記だ。作者はあなたの好きに想像してもらってかまわない。

本を返すだけのつもりだった。しかし私は帰り道、一冊の本を脇腹に抱えていた。『檻のなかのダンス』だ。

体をジッと大人しくさせ、脳は意識過剰で狂わす監獄社会に対して起きた、ダンスという暴動。将来よりこの一瞬!優越感より体の快感!!幸せはクスリで!!!覚醒剤所持で逮捕された『完全自殺マニュアル』の著者がその監獄体験から、現代社会の生き苦しさの正体を明かし、楽に生きる哲学まで示した、渾身の一冊。

踊れ!寝ろ!

風呂!オナニー!

考えたってしょうがねぇ!!

いい帯だと思った。私は教えてほしかった。将来を忘れる一瞬を。肉体的な快感を。幸福を運ぶ物質を。21gの魂の正体を。

帰宅して真っ先に、夫のもとへ駆け寄った。そして『檻のなかのダンス』を見せつけた。夫はいつもと変わらない微笑みを浮かべて、気持ち首を傾げた。今日の夕食はブロッコリーのサラダとカレーライスです、と夫は言う。デザートにヨーグルトもあります、と付け加えた。夫に抱きついて最高だと呟くと、夫が口を動かしているのが分かった。歯がカチ、と鳴ったからだ。なんとなく、夫に私を愛しているかと問うた。夫は答えた。僕を愛する人を僕は愛しています、そう答えた。

この人は私を愛してくれる。しかし、この人の愛する一番は自分自身なのだと、私には分かってしまった。夫を抱きしめたまま、私は泣いた。夫は微笑んだまま、私を強く抱きしめた。