2017/06/09

昔の恋人について話そう。10年ほど前の話なので、十二分に昔話として成り立つはずだ。

彼女は化粧ができない人だった。いや、できなくてよかったのかも知れない。彼女はもとが美しかったから。キャラメル色の茶髪は、よく教師に髪を染めているのではないかと疑われていた。おまけに美しい巻き髪だったので、余計疑われてしまいなんだか不憫だった。肌も陶器のように白く美しかった。赤いニキビがぽつりとできた時、彼女が大層凹んでいたのを私は一生忘れないと思う。

彼女は同じ学校の同級生だった。クラスは違うものの、休み時間になれば彼女はいつも一目散に私の机のあるところまで走ってきた。いつも一緒だった。彼女は人付き合いが大変不器用で、友人がいなかった。美しかったので、一部の雌の卵から妬まれていた。

彼女とはよく出かけた。学校以外でもずっと一緒だったから。お互い帰宅して離れ離れになっても、お互い電子メールを絶え間なく飛ばしあった。彼女も私も寂しがりの空想屋だったから、お互いの言葉だけが、己を現実に繋ぎ止めるたった1つの手がかりだった。

彼女はよくヒステリーを起こした。物を投げたり、叫んで暴れる事もあった。私はいつも、それが落ち着くまでじっと見ていた。彼女はどんなにひどいヒステリーを起こしても、私だけは巻き込まなかった。ヒステリーを起こした後の彼女は、息切れを起こして座り込むことが多かった。私は彼女の肩を抱き、一緒に世界への憎悪を口から吐き出した。

私達はお互いにしか通じない言語を持っていた。誰にも私達の仲を邪魔されたくなかったから。私達は愛し合っていた。私達は溢れて止まらぬ愛を汲んでは隣人に配っていた。それでも私達の愛は枯れなかった。

そんな私達にも終わりの時がやってきた。彼女のご両親から、彼女に関わらないでくれと言われた。私は最初、さほの要求を飲まなかった。しかし、彼女のヒステリーは遺伝だったらしい。彼女の母親が私への暴言を吐きながら暴れ始めた。最初はやはり要求を飲まないスタンスでいた私も、折れずにはいられなかった。

そして私は彼女と別れた。彼女は泣いていた。電話には大量の着信が残り、未開封の電子メールもこれでもかというくらい溜まった。

あれから10年たった近頃、彼女と道端で再開した。相変わらず美しかった。以前と違うところとしては、化粧が上手くなっていた。近くの喫茶店に入り、ポツポツと話をした。一緒に出かけたこと、2人だけの言語で会話をしたこと、歌を歌ったこと。彼女はすっかり大人になっていた。彼女はよく、私達は大人なんかにならないって約束して。そう言っていた。しかし彼女は大人になった。約束を守ったのは私だけだった。

私は昔の彼女をよく覚えている。今まで通り、これから先もずっと覚えている。夫にも娘にも、話すつもりはない。ただただ、私は死ぬまでこの初恋を覚えているつもりだ。